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ひゃあ・・、まだ書けるのですよ・・

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 写真は後で追加しました。血染めの掛け軸です。

 

 写真は拒否られても文字は、まだ入ります。で、規定の300Mってこれは画像だけのことなんでしょうかねぇ?。

 いま、ネットで京都国立博物館のイベントを見ていましたら「坂本龍馬没後150年」をやっている事を知りました。明日27日までなんです。明日行きたいですが、雨の予報だし、ジャパンカップはあるし、まあそれは東京の事にしても競馬開催は京都でもあるので京阪は混み混みだろうし・・・、ついでに京都までは遠いし・・・と、どうしてもっと早く開催日を調べなかったのかジレンマに陥りました。

 さ、最終日は・・・極めて人が多いだろうなあ~と、これも二の足を踏む要因です。

 

 この夏に福山で、龍馬が伊予大洲藩から借りだした「いろは丸」が備讃瀬戸の六島(現在の岡山県笠岡市)で紀州藩の明光丸(887トン)と衝突して、近くの鞆港(現在の広島県福山市)に曳航しようとしたものの、浸水のため宇治島沖で沈没・・、その遺徳を称えてか観光商売のためか、福山市の渡船として復元された「平成のいろは丸」に乗船しましたから、龍馬にはきわめて興味津々なんです。歴史上の人物は美化されて、余りに不可解なところが多いので話半分二割引きで、斜めから見てしまうのですよね、ワタシ。

 龍馬についても多分にそうで、どうして亀山社中の運転資金にしろ、あれだけの抱える若造の生活費にしろまかなえたのか、莫大な武器弾薬の調達資金の不明朗さが現代でも解明できないのか、これも気になるところです。

 大人物なことは確かとしても、大いに山師でもある人物ですねぇ・・。

 いやいや、そんな事はどうでもよくて・・・そうじゃ無くて(^-^)、説明書きに「この展覧会では、直筆の手紙のほかに、龍馬の遺品として有名な血染めの掛軸や屏風、坂本家の家紋入りの紋服、土佐でもらった小栗流の剣術免状、近江屋で使った海獣葡萄鏡などを一部屋に集めて展示します。」とありましたから、それで大いに興味を持った訳なんですよ。

 それに、ぜひ見たかったのが梅椿図別名を血染掛軸と言い、旧板倉、淡海槐堂の筆です。淡海槐堂って皆さんなかなか名前も存じ上げないと思いますが、幕末の人物で武家官位を戴く要職者でもありながら勤王の志に篤い支援派・・・、しかも慶応4年に新政府の要職に取り立てられて大津裁判所参謀にもなった人物です。

 結局、幕府体制下の人物でありながら気持ちは反幕府派。しかし新政府側ともソリが合わず、要職期間も短かったにせよ槐堂の能力が、反発する新政府にも認められていた・・・というのは相当な人物だったのですよ。血染め・・、いや梅椿図は坂本龍馬の誕生プレゼントに槐堂の直筆で贈ったと言われているんです。これは重文ですからねぇ・・・。 とても見たいのですが・・・。

 そうそう、言い忘れましたが、どうして血染めという名前で呼ばれているのかですが、この掛け軸には血痕が付着していて、それが襲撃を受けた際に付いた龍馬の血とされているのですよ。だから「血染め」です。何とも物騒な話ですが・・。 

行こうか止めようかと、いま気持ちがぐらついています。

 外はいま雨・・・・。予想も雨だし・・・。

 

 

 

 では・・・。また。

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