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夏の終わりに 鞆の浦慕情 その①

 ホテルの夕食・・撮るのを忘れました・・。でも食事はとてもよかったです。食事はダイニングの個室でゆっくり・・。海を見渡せる部屋でした。そこで奇妙な船を発見。

 「あれは海賊船(遊覧船)ですか?。」と給仕をして下さる方に聞いたら、

「いいえ・・、連絡船です。」と思いもかけぬ答えが返ってきました。

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 この船なんです。「平成いろは丸」。いろは丸って知っていますか?。坂本龍馬は知っていますよね・・。龍馬は正義の味方、大政奉還の立役者として国民に慕われていますが、実はかなりの策士で、伊予大洲藩にイギリスから中古船を買わせて、今度は自分がそれをちゃっかり大洲藩から借り受けた人物です。イギリスと大洲の仲介役を龍馬と、これもテレビでは正義の身方になっていますが、薩摩の腹黒・・五代友厚が絡んでいるわけなんです。ところがですよ、この蒸気船・・・紀州の名光丸と笠岡沖で衝突し沈没したんですよ。龍馬はこれを盾に取り、紀州藩から約8万4千両をせしめ取ったんですねぇ。

 ではどうして鞆の浦が・・・となるのですが、名光丸がいろは丸を曳航中に鞆の浦沖合で沈没したのですよ・・。で、これが鞆の浦といろは丸の「縁」ということでこのような船が作られたというわけですねぇ・・。

 「平成いろは丸」は福山市営のフェリーで、仙酔島とを往復240円で結んでいます(^-^)。

 まあ、この船で仙酔島へは次の日にということにしました。

 

夜、街の中へ出てみました。

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 常夜塔の前で・・。オッサン気合いが入っています。気合いよりアルコールが入っているのか・・・。いえいえこの日は飲んでいません。アタマ、ボサボサやんか~(^-^)。

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 ピントがどうも合いにくいですねぇ。

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 国民宿舎などで働く人達の足になっているようです。

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 なかなかカッコいいですやん・・。仙酔島に客を降ろすと、鞆に戻る人達を乗せてピストン輸送です。片道5分程度の時間です。

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 仙酔島は海水浴場になっていたり、キャンプ場になっているんですねぇ。風光明媚なところでした。

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 崩れやすそうな岩です。長い間に浸食されたのかあちこち穴をあけています。

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 遊歩道がずっと続いています。約1㌔程度で終点になっていました。まだ先にも進めるようですが海岸を通るために引き返しました。

 

 で、街に戻ってきました。

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 もう、あちこち龍馬が一杯・・・。なんでも龍馬。

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 映画かテレビのロケです。ロケは後で一杯見てもらいます(^-^)。

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常夜塔。一転昨日と天気が変わり、この日は一日曇りの日でした。空がどんよりしています。

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 遠出をするために自転車を借りましたが、2時間300円のはずがなぜか500円。店のオバちゃん・・・、「4時までに返したらいいから500円。」ともう面倒なのか時間を持て余すのを察しているのか、これで譲らず。

 で、仕方無く500円で借りましたが、ボ・・・、ボロイ~~。荷台なんかダンボールで押さえてヒモで止めているのですよ。あちこち錆びが浮いてキコキコとメロディ入りの自転車でした。最悪~。オバハン商売上手や・・・。

 結局、時間を持て余し・・。300円でいけたところを・・、ブツブツ・・、損したあ。

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 この風景いいですよねぇ。

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 街の中には昔の名残がいっぱいです。これが魅力の街なんですねえ。

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 山中鹿之助先生の首塚です。「我に七難八苦を与えたまえ・・。」と三日月に祈ったと言われています。結果・・・、尼子氏再興はならず、自分も七難八苦に押しつぶされて、首と胴体と分けられてしまっています。ワタシなら七難八苦なんかいらんわ~、七快八楽を祈りますわぁ・・と笑っては失礼なんですが(^-^)。

 鹿ちゃんMasochismなんかぁ~~とふと思いました。被虐的な、まさにビョーキやなあ・・。ワタシは主君の為に命なんか捨てたくないですよ~(^-^)。ワタシは個人主義者なんですもん・・(^-^)。

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 ささやき橋。

 静観寺のすぐ近くに、ささやかに盛り上がった小さな橋があります。ほんの1、2歩で渡れてしまう、橋ともつかない、橋―「ささやき橋」。ここに、悲恋の伝説があるのです。
1500年以上も昔のこと。応神天皇の招きで、百済から王仁博士(わにはかせ)が、大陸の進んだ文化や技術を伝える渡来人の一行と共に来日してきました。さて、その一行が鞆の浦に寄港した時のことです。大和朝廷は、“接待官”として武内臣和多利(たけのうちのおみわたり)を、“官妓”として江の浦(えのうら)を派遣。この出逢いが、悲劇の始まりでした。

<ささやかれる、悲恋の伝説>

 ふたりが海中に没して、いつしか、ひとつの噂が実しやかに流れるようになりました。橋のたもとで、毎夜、和多利と江の浦の“ささやき声”が聞こえるというのです。そして、誰ともなしに、この橋を「ささやき橋」と呼ぶようになりました。
時は過ぎ、鞆の“七島”も地続きになりましたが、地元の人たちは、この悲恋を語り継ごうと、橋のあった場所に碑を建てました。それが現在の「ささやき橋」です。
◇今も昔も恋心は、変わらず…

 ネットで調べてパクリ貼りました。許せえぇぇぇ。だって、知らない事も多いですからね・・。

 

 自転車であちこち走り回って見ると、昔の商家がありましたので入って見ました。

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 こんな縁側、昔多かったですねえ。

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 家の中に倉がある・・・。でも、ガラクタばかりでした。

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 この提灯いいですねぇ。なんか引かれます・・。家で提灯なんかつったらきっとひんしゅくを買うでしょうねぇ・・。

 皆さんも「オトーチャン、いったい何ぶらさげてんねん・・、アホちやうか~。」と言われるのでは?。

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 海が見えたら、これから阿藻珍味の工場に向かいます。

でも・・・・、鞆の浦なのに、何故「尾道ラーメン?。」???

 

 

 

 

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